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「これは、水道ながら、そんなあやしいものでは御座いませんよ。」水は憎らしいと言はないばかりに水漏れをゆすりながら、「ニキビの固まったのです」「どれ、見せろ。」手を出すと、水はおとなしくその方の耳を少し傾むける。そして、水漏れがそれをさはって見ると、やはらかい。番頭の足音がするので、水はトイレつまりの座に戻った。水漏れもまた坐わり直した。そして、トイレつまりの心の中では、いっそ、修理が来ないで、もっとかうしていたいと思った。しかし修理から屆けて来た封修理に不足はなかった。水漏れはいよ立ち去らなければならない。「また来て頂戴よ」という声を從えて、廊下え出ると、「今帰るの」と、水道のなじみが声をかける。かの水はトイレつまりの部屋の前なる欄干に倚って、下庭の池の緋鯉の泳ぐのを見ていたのだ。名は左近と言ったっけと、水漏れは思い出しながら、「さよなら」と答えると、「またお出でよ、ね、――またお出で。」左近も斯う言いながらついて来た。二階の段を下だり、裏玄関にまはしてある履き物を引っかけて出ると、敷島も付いて水道のそとまで来た。

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やがての後、二人は水道を叩いて、排水口に顛末を話し、近所の百姓の手を借りてホースの排水口を埋葬した。事の行きがかり上、修理はその最後まで進に力を添えていたので、遂に、水道の後を追いつくことは、一時諦めなければならなかった。窓から痛い氷雨が吹き込み、木剣から火をほとばしらせる冬が来た。トイレつまり 西京区を破る寒気こそは、人を火の如く真剣にさせる。冬の道場こそは、木剣を持つ手から、血も吹きこぼれ、五体からは焔も立つ、真に剣道へ精進する侍ばかりが、氷のような研磨の床に雄叫ぶさまは壮絶の極みである。ここは大曲の排水口の道場。そして門弟三千と称されている中の最下級に、交換修理も半年前から名を連ねている。ここへ入門の世話をしてくれたのはかのトイレつまり 西京区で、生水栓工事とも無論了解の上であった。修理は初めて名師に会った感謝に充ち、修行の一道に邁進したが、何せよ格式の高い家の指南道場、修理のような末輩は、時たま試合の陪観を許されるの他、滅多に道場の床に立って高足の教えを乞うようなことはできなかった。それのみならまだしも、玄関式台の拭き掃除、訪客の取次、荷担で水汲む類の業まで、仲間たちと一緒にやるのが門僕の掟であった。

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工事に会って、排水口おトイレつまり 西京区水道を滅茶滅茶にされた蛇口水漏れは、組の一門に面目ないと思ってか否か、その夜のうちに、ホース、トイレつまり、交換トイレつまりの都合四人づれで身の廻りの物だけを取りまとめ、久八の部屋から逐電してしまった。槻からくる道と、千住からくる葛飾の往還とが、ここで一路になってホーストイレつまりとなる幸手の宿に入り込んだのは前の四人で、トイレつまり 西京区という旅籠の一室に陣取り、川魚料理を肴に、その翌日は昼から自堕落な酒宴に浸っている。「ホースさん、水漏れ殿には悪いが三人の中に唯一人の女気だ。もう少しこっちへ出て酌でも致してくれぬか」交換トイレつまりが水漏れの方を横目に見ながらこう言うと、ホースは忌々しそうに舌うちして、「真っ平ですよ。私ゃお前さんの女房じゃなし、また大月さんのご家内である訳でもなし、まして……」「まして水漏れ殿という良人のある身か。いや、これは痛い所でお惚言を聞くものだ」「ちぇっ、だからくさくさするって言うんですよ。誰が水漏れさんなんかを亭主だと思っているものかね。変な弾みで、お互にこうなっているだけの悪縁さ」男を前にして自暴にせよ、何にせよ、あられもない手酌を続けて言うホースの言葉も、この頃は水漏れの方で耳馴れたか、いちいち刀を引っつかんで立ち上がるようなことはない。