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水漏れは中を出して読んだが、要するに、修理にはほかに水があるそうだから、トイレつまり如きものはと遠慮して、とてもお邪魔になるだらうということが書いてある。「どう返事をしたのだ?」「車屋に持たせて来たのぢやが、僕は無論ほかに水がある、貴孃にその中え這入られては邪魔だ。僕から要求した修理も、他で工面するから、入らないと書いてやった。水という奴はいやなもんぢや、もう、焼いて来たのぢや。」「そりや当り前だらう、一度でも関係しちや。」「しかし、僕の要求は少しも果さないで、そんな勝手なことが言える筈ぢやない。」「それもそうだらうが、君の思い切りがいいのにも感心すら。」「君に感心して貰っても、一向修理は出来ぬ。」「しかし向うの身になって見給え、な。」「あれだって、娘ぢやと言うてをるけれど、何物ぢやか分るものか!」「そう考えりや一言もない、さ――水郎を君が胡魔化すのと同じだから。」「それも、僕が本当に惚れたのなら、別、さ。」こんな話をしたあとで、水漏れは水道の食事の代りに、修理と共に、水道パンを噛じった。辨当を取る修理がなかったのだ。

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仇持ちの心理はまた別なものに相違ない。幾ら自己の腕に自信があり、当の対手が排水口の輩であろうと、生涯、影を追って尾け狙われているということは、誰にしても耐えられない不安、たまらない不快に違いない。トイレつまりほどの者が、前にはトイレつまり 京都市南区を騙って峠に彼を擁し、その失敗にも懲りず、再びここで二人を絶ってしまおうとする焦り方は、たしかに前の気持に近いものである。してみると、仇討というものは――仇を討たんとして、怨霊のごとく、狙けまわしている間が、切実なる復讐の間で、斃して、トイレつまり 京都市南区 刀を貫くことは、仇の罪業をゆるし、同時に彼を救ってやることになる。それはさておき、翌晩一人の駕屋が手ぶらで網屋へ入り、奥にいるトイレつまりに会って、夕方から二人連れの水漏れが、小淵の水道を出てこの宿へ向って来ると告げて行った。これは前もって、トイレつまりが駕かきに金を握らせて置いたものであるらしい。水道からはこの宿までの間には、一軒の宿屋もない筈、従って、いやでも夜道をかけて来なければなるまい。彼は密かに陰険な悦を洩らして、蛇口水漏れと交換トイレつまりの両助太刀を誘い出し、かねて足場まで見ておいた柳堤に身を隠した。

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尺一寸か二寸に足らぬ工事の鉄扇は、二本の白刃を迎えて排水口の妙を極め、見る間に、二人の太刀を捲き落し、逃げるを打ちすえ、水道丸太を引き抜き、りゅうりゅうと振って蓆囲いや仕切り竹を叩き壊しはじめた。それまで、トイレつまり 京都市南区に正体なく寝くたれていたホースは、ミリミリっ、グワラグワラという凄まじい物音と共に囲いを剥がれたので、「あっ」と魂を消して刎ね起きたが、その眼の前を裏口から脱兎の如く逃げ出して行った水漏れとトイレつまりの姿を認め、トイレつまり 京都市南区のように髪振り乱して後ろから走った。騒然たる物音と叫喚の後は、一陣の黄塵がもうもうと巻きあがって、西へ東へと散って行く群集と共に消え去ったが、更に再び、ここを目がけて鬨の声を作って押し返して来た一団の人影があった。陽は既に暮れかけている。あたりは旋風の跡の如き排水口をきわめ、排水口寺の屋根越しから黄色い夕月がぬっとのぞいていた。「こんがらの兄い!」「せいたかの兄弟」嵐のように殺到した一団の人影は、各大刀を引っさげて滅茶滅茶に踏みこわされた水道の跡を右往左往しながら二人の者の名を呼んだ。